未来の金沢へ はたらこう課 金沢市起業支援相談窓口

フェイスブック ツイッター

人をつなげ、モノをつくり出すチーム力で
ワクワクする暮らしをデザインしたい。

#04

(株) 継手意匠店

岩本 守雅
MORIMASA IWAMOTO
Profile

1982年、兵庫県たつの市生まれ。2004年、金沢工業大学工学部建築学科卒業。在学中は宮下研究室に所属。施工図会社・建築のプロデュース会社、工務店を経て、’12年に独立し、塚田顕治と『株式会社 継手意匠店』を創業。代表取締役を務める。

二人で起業した理由は?

僕は、醤油とそうめんで有名な兵庫県龍野の生まれ。中学の頃、震災が起こって、家もビルもボコボコに壊れる様子を目にして、「建物ってもっと強くならないんかな」と言っていた自分に、電気関係の仕事をしている父が「建築という仕事もあるで」と言ってくれ、そこから意識するように。通っていた工業高校の恩師が「面白い建築の大学があるぞ」と薦めてくれたのが、金沢工業大学だったんです。入ってみたら、大谷幸夫さんのモダニズム建築がそびえ立っていて圧巻だった。

相方とは、同じ研究室の先輩、後輩という間柄。卒業後の就職先は別々だったんですが、別の設計事務所にいた相方といっしょにプロジェクトをする機会があり、ものづくりの考え方について二人で話すようになって、ついには彼も僕のいる工務店に入社して。以来4年ほど、ともに家づくりを続けていくうちに、おのずといつかいっしょに仕事をやれたら面白いかなという気持ちに傾いていきました。

僕は心の中で「30歳で独立する」と決めていて、30歳の誕生日の前日、前職を退職する決断をしました。なんのあてもないのに、ただその使命感だけでしたね。

とはいえ、僕は本家の長男だし、普通なら跡継ぎになるべき立場。だけど、二人で会社をつくったことに対しては、意外にも両親は「覚悟してたよ」と内心はわからないが、さほど驚かなかった。自分のことをよく理解してくれたことがなにより嬉しかったです。

二人で独立したのはいいけど、事務所の場所も決めてなくて、相方の家の2階が『継手意匠店』創業の地となったんです。彼は職人気質で、僕はすごくしゃべるほう。だから僕が代表となり、広報役を担当している。そんな具合に、二人が楽しめる環境づくりをしつつ、互いに刺激を受け合っています。

起業で苦労したことは?

会社のスタイル決めには一番悩みました。自分たちは何をアピールしていくのかは手探りでした。“設計事務所”のカタチを選んだのは、求められる仕事をやっていく上で、設計施工までを手がけると、建築をつくることが重きになり、全般としてのお客さんのライフスタイルに寄り添うことが充分にできないと懸念したからです。

それでも最初は、仕事あるかな? と不安ながらも、何でもやろうよという心意気で、目の前の仕事に取り組みました。独立後すぐに声をかけてくれたのが『片村建築』さん。「継手意匠店って何屋なん?」って聞かれ、「なんでもやります!」と答えたら、仕事内容は内見会の準備で、旗やロゴの制作だった(笑)。その後、『片村建築』さんと「ふたてま」というプロジェクトを組むようになったんです。設計事務所と工務店が、一方的に発注する関係性だといいものづくりができないし、コミュニケーションのデザインができない。そこで、得意分野を活かし、互いに手間を掛けあうという、新たな家づくりに発展しています。

家づくり・店舗づくりで心がけることは?

社名にある”継手”というのは、部材を結合する伝統的な工法のひとつで、職人によってデザインが違います。その美しさは、技とセンスが問われる。建築は、一人ひとりのセンスによって答えがいくらでもある。僕らも継手のように、物事のジョイントとなり、様々な関係性を生み出していきたいとの思いから『継手意匠店』と名付けました。

自分たちが感じたことを建築で表現する。そのスタンスが楽しくて、新築もリノベーションもすれば、ウッドデッキや家具の製作、建築写真の撮影、グラフィックまでやるから、仕事の範囲は多岐にわたるんです。“暮らす場所”にとことん関わって、お客さんといっしょに対話や体験を重ねながら、ものづくりのデザインや暮らすお手伝いができたらと思っています。それゆえ、施主さんには、「どんな家を建てたいか?」じゃなく、「暮らすって何ですか?」「住むって何ですか?」「家って何ですか?」という哲学を伺います。そこから発想した、家族ごとの住まいを表現して、熱意ある職人とかたちにしてゆくんです。設計の師匠からは、職人こそがリスペクトする存在だと教わった。つねに心にあるのは、職人と施主あって僕らがいるということ。だからチームとして楽しみながらやっていきたいんです。

金沢の人や街の魅力は?

メシが旨いです(笑)。金沢の人は、僕の勝手なイメージだけど、柔らかい印象がある。

実は、兵庫県姫路には金工大出身の人がやっているサブカルチャーのお店があったり、金沢出身の作家のうつわに巡り合ったり、また逆に姫路の作家さんのうつわを金沢で見かけたりと偶然にも接点が多く、僕にとっては親近感を持てる地なんです。

金沢には、いい意味で情報が充実していて、都市文化がほどよく根付いているので、何事も受け入れてもらえる土壌があるように感じますね。金沢の地方性と都市の文化をうまくつなげる人の存在によって、もっと石川全体が盛り上がるポテンシャルがあるんじゃないかな。

これから起業する人へアドバイスをお願いします。

なによりも「やったるぞ!」の気持ちが大事でしょうね。僕らの場合は、情報を何も持たずに出たのもあって、フォーマットをつくるのが大変だったというのは確かにある。でも、「こうなりたい」「これがしたい」と強烈に発信し続ければ、それに惹かれて集まってくれる人も必ずいるはずだから。

今後の展望は?

石川県内でも地方での仕事をさせていただく機会が多かったけど、これからは、金沢市内のほうでもますますものづくりに関わっていけたら嬉しいですね。さらには、ぼくらが大切にしているものを創る上での人と人との関係性のデザインが、いつしかいろんなところに広がっていけたらいいですね。建築は、見せるものができればそれが宣伝になり、設計の仕事につながるので、今後、もっと多く見ていただけるようにやっていきたい。

御供田からのスタートから4年、コミュニティもできた。今年5期目を迎え、新しい拠点としてこの馬替の自宅兼フリースペースも構えることができ、ようやく金沢に身を置くことを決めたんです。元々倉庫だった建物をリノベーションしたんですが、あらゆる場所に断熱材やサッシなどの建材や色んな手法を取り入れて、それがお客さんに勧められるかを実際に住んで体験してみる試みの場でもある。今後、自分たちのスタイルをどう進めていこうか、スタッフ入れるかなど、あらゆることがまだまだ途上。まずは、新拠点のご近所から。年配の方が多く住んでいるので、家の傷んだところを直してあげる”プチ改修”を提案して回るなど、新築の仕事だけでなく、地道な建築活動を進めています。

そんなふうに、これからも二人で人の輪とモノをかたちづくっていければ。その傍ら、先輩たちに引っ張っていただいたように、次に続く人たちの次の夢も見たい。次の人たちと先を見た話ができるために、僕らも次のステージへつなげていかねば。

もうひとつの夢は、いつか倉庫みたいな場所を持って、イベントをして、お客さんとの新たなライフスタイルを共有すること。お客さんが連鎖して今があるのだから、その一人ひとりを大切にしていかないとね。

編集:きどたまよ  撮影:黒川 博司

岩本 守雅 さんから 仁志出 憲聖 さんへ

#04岩本 守雅

MORIMASA IWAMOTO

(株) 継手意匠店

仁志出くんは、若くして先見性のあるビジョンを持った、刺激的な人間です。一度会うと忘れないくらいのインパクトあるトーク力と、イケメンなビジュアルは、人を惹きつけること間違い無し! 今後の注目株ですね。