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2022.01/27 起業家紹介

起業家紹介vol.9 46000

デジタルを駆使して、街を耕す

株式会社46000
越後龍一

1988年東京都出身。早稲田大学国際教養学部を卒業後、2011年、株式会社ハイパーインターネッツ(現株式会社CAMPFIRE)に就職。キュレーターとして、企画のアドバイスやページ作りを担当。2014年ピクシブ株式会社に転職、漫画アプリプロジェクターのディレクターとしてアプリの開発や初期の成長戦略を担当し、出版社や書店とのタイアップなどを担当。2015年、独立。デザインを手掛ける株式会社コンセントと音楽会社・株式会社ビーイングに外部パートナーとして所属しながら、フリーランスとして活動を開始。2020年に金沢へ移住し、株式会社Slacktideへ参加。翌年、友人と共に46000(しまんろくせん)株式会社を立ち上げる。アーティストインレジデンス・CORN(コーン)の運営やインターネットやデジタルを活用したコンテンツ制作、課題解決に向けたセミナー開催、市民大学講座での講義などジャンルにとらわれず幅広い分野で活動。

紙の資料をデータ化してみたら

東京に生まれ、幼少期に2、3年ほどマレーシアの首都・クアラルンプールで過ごし、小学校に上がるタイミングで帰国しました。一時期、仙台にも住んでいましたが、大部分は東京で育ちました。もともと学生の頃からファッションが好きで、就職先もアパレル業界を考えており、大学時代は、当時代官山にアトリエを持っていたインディペンデントなブランド「nude:masahiko maruyama」でインターンを行いました。自社ショップが無く、顧客のほとんどが海外のショップだったのですが、人手にもなるし英語が話せるということもあってパリで行われるファッションウィークに毎回同行し、荷物持ちをはじめファッションウィークの展示のお手伝いや服についての接客などを行っていました。

キャリアを考えるきっかけとなったのが、顧客の注文情報をはじめ様々なデータを紙で管理していたものを、パソコンを操作し、エクセルなどを使ってデジタル化を進めたことでした。雛形を作ったりデータを入れたりすることで、その後の検索性や一覧性が高まり、めちゃくちゃ業務効率が良くなったんです。これまでパソコンはインターネットを使ったり音楽を聴いたり絵を描いたりと遊びにしか使ったことがなかったけれど、仕事の世界ではこんなふうに使えるんだと分かり、いずれアパレル業界を目指すにせよ、まずはデジタルやウェブを学ぼうと思いました。

インターンの他にタウン情報サイトを運営する会社でアルバイトをしていたのですが、お世話になった方から声をかけていただいたことがきっかけで、大学卒業と同時に当時創業したばかりの株式会社ハイパーインターネッツ(現株式会社CAMPFIRE)に入社しました。大企業に就職して管理職を目指すような一般的なコースは夢がないなと思って、就職活動はしなかったですね。同級生の多くは安定志向で早いうちから大企業への入社を目指して就活をしていましたが、普通に会社員になっていく人がたくさんいるなかで、自分のような人間が生きていく道だってきっとあるだろうと。大失敗しても最悪何とかなるだろうというか、「世の中の役に立つことを、大企業を目指す彼らとは違う方法で考えたい」と考えていました。

どんな人にも、困りごとはある

いざ働き始めてみると、どんなに上手くいっているように見える人でも、大なり小なり困りごとがあることが分かりました。例えば音楽業界の場合、アーティストが年に出すCDやアルバムについては予算が決まっていても、「こんな面白いことをやってみたい!」というアイディアから生まれるもの、ライブを無料開催するとかグッズを作るとか、そういったイレギュラーなものに対して予算を付けるのは難しいんです。ファンはそれを望んでいても、会社は売り上げの見込みが立たないものに予算を付けられないし、判断するにも時間がかかる。結局、最終的にはやってみないと分からないというなかで、実現できないことが多いんですね。

こういったことはどの業界でも起きていて、大きなことでも小さなことでも、チャレンジができない状態が続くと世の中はつまらなくなってしまうと思うんです。僕は企画営業のような形で色々と提案しに行くことが多かったのですが、「予算が10万円でも50万円でも、本人がやりたくて、それが世の中から求められているものであれば実現するべきだ」という熱意を持って、チャレンジしたい人、困っている人に寄り添うべく仕事に励んでいました。

入社したのは2012年。当時は震災の影響が大きく残っていて、復興がテーマのプロジェクトが多かったですね。記憶に残っているのが、気仙沼で漁師をしていたおじいちゃんたちがクラウドファンディングで調達した資金を使って、漁港が元通りになるまでの時間を活用してパソコンを学ぶというプロジェクトです。最近では「DX(デジタルトランスフォーメーション)」と言いますが、「パソコンを使うことによって仕事をこんな風に改善していきたい」という、未来を目指す姿がとても印象的でした。誰かが「こうなりたい」と思うプラスの姿に少しでも近づくために周りの人ができることはあるんじゃないかと、その時に思ったんです。

プロジェクトやキャリアの支援から、自らが「生み出す」側へ

CAMPFIREに3年間勤めた後、pixiv(ピクシブ)というイラストのSNSを運営する会社に入社しました。その頃はスマートフォンで読める漫画が登場し始めたばかりで、pixivからプロになる方もいました。ニコニコ動画からプロになった人がたくさんいるように、厳密にはプロやアマの境界なんて無いわけです。人気があるユーザーがプロになっていくのは世の中に絶対必要なことだと考え、出版社に「この作者、イケてるので絶対に本を出した方がいいです!」って売り込みに行って、プロとして世の中に送り出すということをしていました。

1年間働いた後、もっと幅広い仕事をしたい、プロジェクトというよりも自分の手で何かを生み出したいと考えていた矢先、音楽会社・ビーイングとデザイン会社・コンセントからオファーをいただき、外部パートナーとして契約すると同時に個人事業主をスタートしました。ビーイングには大物のアーティストが多数在籍しており、当時はウェブを通じた発信について課題が多くありました。そこでSNSの数値や、最低限「これはやろう!」ということを見える化する仕事から始まり、現在はSpotifyなどの配信サービスを中心に、デジタルを通じたファンとの接点づくりの改善や、より良い音楽体験を作っていくことを考えています。また、コンセントでは「近い未来の消費者の体験」を考えるために、VR(バーチャル・リアリティ)を使った情報伝達を、映像を通して開発するプロジェクトを行っていました。いわゆるハイテクな映像で、映画やCM、ミュージックビデオ、認知症の教材映像なども作りました。

金沢で芽生えた「街に貢献したい」という思い

個人事業主になってから仕事の幅はぐんと広がりましたね。それと同時に、これまではプロジェクトやキャリアに貢献できるような仕事がしたいと思っていたのですが、30代になったことを機に自分が貢献できるエリアや人の規模を増やしていきたいと考えるようになりました。共通しているのは、デジタルやウェブを使って誰かの役に立ったり何かの課題を少しずつ解決したりすること。そんななか、2020年春に新型コロナウイルスの感染拡大の影響が広がり、あるきっかけで市内でホテルを営む知人をたずねて金沢を訪れます。その後、新型コロナの影響で母国に帰れなくなった外国人に宿泊先を無償提供するプロジェクトに協力したことが金沢での暮らしを考えるきっかけになり、同年7月、正式に移住しました。

金沢には古くから続く商店街や個人で営む店、様々な歴史的建築物、カルチャーも多く残り、またこの地にずっと暮らし続ける人の縁もつながっているところに魅力を感じました。「街に貢献したい」という思いが芽生えたのは、金沢に来てからです。自分が暮らす街や周囲の人たちに良い効果を生みたい、街がより良くなったり人が幸せになったりすることが、回り回って自分の喜びにつながると考えるようになりました。

僕は移住者として、金沢の魅力を伝える一人でいなければならないという使命感を勝手に抱いていて(笑)。生まれたときから金沢に住んでいる人でも、実は歴史や由来、それにまつわる物語を知らないことってありますよね。そういったことを伝えていくことで「金沢って面白い」っていう輪が広がっていくと嬉しいなと思います。

「とりあえずやってみよう」から始まること

誰かが抱える課題や悩みを聞いたり、「どうしたらいいのか分からない」や「予算がないんだけど」ということに対して「とりあえずやってみましょう!」ってお手伝いをしたりするのが僕のスタイルです。

金沢で手がけた仕事は、竪町や尾張町商店街の方々を対象としたGoogleマップの活用セミナーの開催や、プロバスケットボールチーム・金沢武士団の映像配信、VRの映像制作、個人的にも大好きな用水路の映像撮影など様々です。Googleマップの活用やデジタル化などは、実際にやってみると簡単なのですが、なかなか直面しないと取り掛からない人が多い。例えば若い世代の方々であれば「調べれば自分でできる」ステージだと思うのですが、デジタルに慣れていない「調べ方から分からない」という世代のお手伝いをしたり、行政の支援が行き届かない部分をサポートできたらと思っています。金沢市の起業実践アドバイザー制度と石川県信用保証協会の専門家派遣制度で外部のアドバイザーとして支援する活動も行っています。

興味があるのは、外からのお金を金沢に落とすことです。金沢をビジネスで訪れた人がカフェをウェブで探しても、いいところが見つからずにホテルで仕事を済ませてしまったら勿体ないですよね。実は金沢には居心地の良いカフェってたくさんあって、コーヒーとクッキーを注文したらだいたい1000円くらい。金沢を訪れる観光客は年間550万人いるのですが、そのうち10%の人に情報が行き渡って、一人あたり1000円をプラスで使うだけで5.5億円になる。そうやってデジタルやウェブを活用することによりお金の循環を生み出したり、経済の規模拡大を図っていくことが、金沢でやってみたいことの一つです。

公共シェアサイクル「まちのり」ってあるじゃないですか、あれってめちゃくちゃ便利だと思っていて。一日で金沢市内を観光しようとした場合、結構ハードですけど、バスと比べて行ける場所が3箇所くらい増えるんです。地元の人や観光客がローカルビジネスのオーナーたちとつながる機会が増えるのは、街にとってすごく健康的なことですよね。このように人と街がつながる機会を、デジタルやウェブを使って生み出していければと思っています。

起業よりも大事なのは、続けていくこと

2021年4月、良い仲間と出会えたことがきっかけで「46000(しまんろくせん)」という会社を立ち上げました。メンバーは3人、代表取締役を僕が勤めています。共通理念として掲げているのは、「金沢を盛り上げる」「金沢の情報を発信していく」ということ。それぞれが「金沢に貢献したい」という思いを抱いていたので、それであれば会社という集合体を作り、収益を上げて規模を拡大し、会社の価値向上を目指そうという流れになりました。

これまでアーティスト・イン・レジデンス「CORN」の立ち上げや、首都圏のビジネスパーソンを招いたビジネスカンファレンス「NEW WORK Conference」などを手掛けました。会社を立ち上げたことにより何ができるのかというのは答え合わせの途中ですが、僕たちの思いに共感してくれるファンを増やしたり、できる仕事の範囲を広げたりしていければと思っています。

起業にあたっては税理士さんに手取り足取り教えていただき、また銀行員さんにも相談に乗っていただきました。金沢には個人経営の小さなお店もたくさんあるし、地域銀行や信用金庫もあるので、話を聞いたり相談したりできる人がたくさんいます。また、金沢市の「起業支援制度」のなかには公認会計士や税理士など士業の方であったり、様々な分野の専門家を派遣してくれる仕組みもあるので、上手く活用すればいいんじゃないのかな。起業自体のハードルはそこまで高くありませんが、やはり続けていくことが肝心ですよね。5年後、10年後、街も変われば顧客も変わるなかで、自分がそこまでやり続けたいことなのか。また、自分たちのビジネスを周囲の人に賛同してもらったり課題について共感してもらえたりするように、しっかりと説明できるようにすることが大事ですね。

心も街も、耕すことで豊かになる

僕が一番聞かれて困るのが、「どんな仕事をしているの?」という質問で(笑)。映像制作やwebマーケター、プランナーなど、とにかく色々していますが、感覚としては「プロジェクトごとに、足りないところに入る役割」。僕自身としては、いろんな仕事をする「百姓」にかけて「デジタル百姓」のような存在になれればと思っています。とにかく人に会って話をすることが好きなんです。どんどん人に会って、それから人と人をぶつけていくことで、ポジティブな反応を多く生み出していきたい。悩みを聞いたときに、「こんなことをやってみましょう」と提案できるように、常に引き出しは多く持っていたいですね。

昔から音楽やアート、インターネットなどのカルチャーが大好きなのですが、カルチャーの語源「cultivate」は「耕す」という意味なんですよね。僕にとってカルチャーとは、自分自身がまだ出会っていない感情とか、まだきちんと触れたことがないものに対して、知ることによって心を耕して豊かにしてくれるもの、新たな価値観や視点を与えてくれるものだと考えています。自分の心という土地が痩せないようにカルチャーに触れ続けている部分はありますし、それを街に当てはめて考えたときに、金沢でもカルチャーが行き来するようなことができれば、街が耕されて豊かになっていくんじゃないのかなと思うんです。カッコつけのようで照れ臭いですが、そういった意味でカルチャーは絶対に必要なものですし、「デジタル百姓」として街を耕していくようなことをやっていきたいです。

最近友人から教わった「新しい場所で商売をするときは、その土地の砂になる気持ちでやれ」という言葉が心に残っています。それこそ僕は、金沢の砂になる気概を持って、この土地で仕事をしたいと思っています。目指すのは、金沢を訪れる全ての人の体験を良いものにすること。「訪れる」というのは観光に限らず、U・I・Jターンの方もそうですし、ここで起業を目指す人、これから生まれる子どもたちも含めて幅広い意味で「これから金沢を訪れる人」です。そういう人たちの金沢での体験がより良くなるようなことを、ひたすら考えて実行していきたいと思っています。


(取材:2021年12月 編集:井上奈那)

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