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2021.04/15 起業家紹介

起業家紹介vol.5 制服リユース リクル

お母さん達の「困りごと」を、拾い続けて。

制服リユース リクル
池下奈美

プロフィール
1980年金沢市出身。尾山台高校(現金沢龍谷高校)卒業後、県内の繊維メーカーに就職。接客の仕事がしたいと退社し、その後飲食店などで働く。結婚・出産を経て、二児の母に。2017年に「制服リユース リクル」を起業。学生制服の買取・販売、レンタル、制服リメイクバッグ制作などを行う。2019年「第7回グッドライフアワード」(環境省主催)では「実行委員会特別賞/エシカル賞」を受賞。現在は貧困世帯に向けた制服無償提供システム「制服バンク」、マイノリティのコミュニティスペース「よりそいの場」を企画するなど、母親目線で展開する活動は多岐にわたる。

「こんな場所があったら、うちが助かる」

高校卒業後、地元の繊維メーカーに就職しました。財務部システム課に配属されてプログラミングを担当していたのですが、その仕事が私にはどうしても合わなくて。高校時代にアルバイトで接客の仕事をしていたこともあり、「やはり人に関わる仕事がしたい」とその会社を辞めます。
その後は飲食業を中心に働き、結婚・出産を経て、職種は色々と変わりながらも、仕事自体は続けていました。ただ、夫が「子どもが帰ってくる時間には家にいて『おかえり』と言ってあげてほしい」という考えの人だったので、子育てに支障が出ない範囲の時短勤務でした。

そんなある日、中学校に進学したばかりの長男が、制服のズボンを大胆に破って帰ってきたんですね。スライディングして遊んでいたとかで…それはもう怒りましたね(笑)。
まだ入学して一ヶ月も経っていないのに、新しい制服を買うのはもったいない。誰かにお下がりを譲ってもらえないかと思案しましたが、当時は同級生のママ友しかいなかったし、親戚の子は女の子。そんな時、「おさがりの制服が集まってくる場所があればいいのに」とふと思ったんです。そしたらうちは助かるし、きっと他にも困っている親御さんがいるんじゃないかなって。
そもそも制服って、すごくお金がかかるものですよね。中学生の冬服だと上下で4-5万円はするし、その一着で済むわけではなく、シャツや洗い換えや夏服も必要。さらに、成長期の子ども達はすぐにサイズが合わなくなることもあります。だからこそ、リユース品で価格を抑えながら、体に合った制服が選べたらいいのになと。

そんな思いつきから「リクル」を始めているので、「起業したい」という気持ちからでは全くなかったです。そもそも私は「人の上に立つ」とか「人前に出る」ということがすごく苦手で、誰かのサポートに徹する方が向いているとずっと思っていましたから。でも、「ないもの」は自分でつくるしかないわけで。それがたまたま「起業」と呼ばれる形になったという感覚です。

「この値段なら買う」自身の“母親感覚”を忘れず

「リクル」を始めるにあたり、当初はネットショップとして小さく始めようと考えていたんです。でも調べていくうちに、制服って扱いがかなり特殊だということが分かってきて。まず、ネットでは制服の販売ができない。あったとしても、いわゆるアダルト用品の扱いになってしまうことには驚きました。
そして、そもそも制服って学校によってデザインも異なります。そういった限定的なものはリサイクルショップでも買い取ってもらえないんです。仮に学ランのような比較的一般的なものはあったとしても、買い取ったものをそのまま販売しているだけなので状態が悪い。それがどうも納得いかなくて。

だからリクルはネットではなく対面で、さらにはできる限り綺麗な状態にメンテナンスしたものを販売することしたんです。そうしたら、次の日からでも着ていけるじゃないかなって。
まずポケットをひっくり返して中の埃を出すところからメンテナンスを初めて、「ひっかっけ」やほつれの修繕、シミ抜きなど、すごく手間暇をかけています。一方で、値付けとなると「この値段なら買うな」という、私自身がいち母親である感覚も大切にしたい。いつもその妥協点を探っています。

お金をかけずに、まずは始めてみる

起業に際しては、以前働いていた不動産会社「FUDOホールディングス」の藤田社長に相談に乗っていただきました。藤田社長は元銀行マンで、様々な起業のサポートをされてたので、何から始めたらいいのかわからない状態の私に色々とアドバイスをくださって。
その一つが「借金をせずに、お金をかけずに、まずはやってみろ」ということ。金沢の人が、そのサービスに対してどんな反応をするかはやってみないと分からないからと。そして無料で間借りできる“居候先”として、ホテルのロビーも提供してくださいました。買ったものといえば、制服をかけるラックくらいで、あとは手持ち金庫とパソコンだけ持ってきて。借金せずに小さく始めることができたことは、とても良かったと今振り返っても思います。感謝です。

「儲け」を優先すると、「リクル」というものが上手く考えられなくなるんです。そもそも「自分のように困っている親御さんの手助けをしたい」というところから始まっている事業なので。スタッフにはもちろんお給料を払っていますが、私自身は夫の扶養の範囲でいられる程度で良いかなと考えています。利益ではなく、お客様からの「助かる」という言葉が、私にとってのご褒美で、自己肯定感も上がり、リクルの店づくりにおいては重要なんです。

「制服」から見えてくる、子ども達の悩み

リクルでは直接店舗で買取を行っているので、日々色んな制服が持ち込まれてきます。制服を見れば、その子がどういう学校生活を送っていたか手に取るように分かるんです。ボロボロだったら「頑張ってお勉強されていたんですね」とお声がけするし、新品のように綺麗だったら「今お子さんはどうされていますか?」とさりげなく聞いてみたり。来店された方とはできる限りお話をするようにしています。差し支えない範囲で、悩みを引き出せるように。

そんな会話の中から生まれた企画が、今取り組んでいる「制服バンク」です。新型コロナウィルスの感染が拡大してから、「制服の支払いを後払いにしてほしい」というご相談が立て続けにありました。今まではなかったことなので、コロナで困窮するご家庭が急増していることを実感しました。先日の新聞記事で、県内での虐待やDVの子ども達の相談が過去最多となったことを知りました。辛い思いをしている子ども達がいっぱいいることに気付かされました。
そこで、困窮家庭に無償で制服を提供できないかと「制服バンク」を企画します。こちらはクラウドファンディングで一部資金を集めさせていただいているのですが、この形式を採用したのは、「困っている子ども達がいる」ということを大人に広く知ってもらうため。そして子ども達にも「頼れる大人がそばにいる」ということを、知ってもらうためでもあります。

私自身母子家庭で育ちました。誰にも相談できず泣いていた経験もあります。親に言ったところで解決しないし、逃げ出したくても逃げ出せないという環境。声を上げる大人は近くにいなかったし、そもそも「声をあげていいんだ」という発想がありませんでした。だからこそ私は、子ども達に「頼っていいんだ」というメッセージを伝えたい。

そして、制服バンクは社会福祉協議会や子ども食堂を介して制服提供依頼を上げていただく仕組みにしています。これは「制服がほしい」という声をきっかけに、子ども達や困窮家庭の声を拾っていただくためです。この活動は個人事業の「リクル」とは分けて、NPO法人を立ち上げる予定で動いています。

「困りごと」から、事業が生まれる

また、ボランティア団体の「りくる」として、マイノリティのコミュニティの場「よりそいの場」というものの立ち上げも今考えています。これは、不登校の子を持つ親御さんが「これくらいのことで相談していいのだろうか」ということを話せる場がないという現場での気づきからスタートしています。

最初は制服のリユース業だけだった「リクル」も、今やレンタルもすれば、リサイクルバッグの制作もする。これらは事業を拡大しようとしてつくったものではなく、すべてお客さんの「困りごと」を受け入れているうちに自然と生まれてきたサービスなんです。そういう意味では、顔の見えないネット販売をしていたら、これだけ事業は広がっていなかったと思います。

子育てがひと段落したらどうしたいか、ですか? やっぱり、ずっとリクルをしていたいですね。お客様の「困りごと」を、これからもひたすら拾い続けていきたいです。
(取材:2021年2月 編集:柳田和佳奈)

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