はたらこう課では、2024年度から学生目線の起業家インタビュー企画をスタート。学生や若者をはじめ幅広い世代からの好評を受け、今年度も引き続き実施することとなりました!金沢市内での起業に挑戦する若者のコミュニティづくりのため、現役の学生が起業のリアルを聞き出します!
今回は、金沢大学3年生の細川心潤愛さん(愛称:しるく)が、金沢で「会いに行ける」起業家に突撃。
2026.03/26 Report
大学生が聞く 起業家インタビュー! ~起業のリアルを聞いてみた~ vol.6
大学生が聞く 起業家インタビュー!~起業のリアルを聞いてみた~
インタビュアープロフィール 細川心潤愛さん
金沢大学融合学域先導学類在籍。大学入学時から起業に興味があり、金沢市主催の「ZERO→ICHI KANAZAWA U-18」に参加したり、本事業の委託先である株式会社ガクトラボで起業支援に関わるインターンシップに参加したりしてきました。様々な起業支援事業に関わる中で、起業に興味・関心を持つ若者のうち、ハードルの高さからなかなかアクションに起こせない人の背中を押すような存在になりたいという目標を抱くようになりました。記事を読んだ方にとって、「一歩のきっかけ」になったらうれしいです。
金沢大学融合学域先導学類在籍。大学入学時から起業に興味があり、金沢市主催の「ZERO→ICHI KANAZAWA U-18」に参加したり、本事業の委託先である株式会社ガクトラボで起業支援に関わるインターンシップに参加したりしてきました。様々な起業支援事業に関わる中で、起業に興味・関心を持つ若者のうち、ハードルの高さからなかなかアクションに起こせない人の背中を押すような存在になりたいという目標を抱くようになりました。記事を読んだ方にとって、「一歩のきっかけ」になったらうれしいです。
チドリスタジオ 岡 佑亮 さん
1989年、金沢市出身。首都大学東京・大学院で建築を専攻。タンペレ工科大学(フィンランド)留学。卒業後、成瀬・猪熊建築設計事務所、ツバメアーキテクツでの実務経験を経て、2020年にchidori studioを設立。北陸の気候風土に根ざした建築の設計、企画段階から携わるシェア・ケア空間の設計、歴史的建造物の再生等に取り組む。2023年に金沢職人大学校修復専攻科を修了。金沢大学・福井工業大学にて非常勤講師を務める。
1989年、金沢市出身。首都大学東京・大学院で建築を専攻。タンペレ工科大学(フィンランド)留学。卒業後、成瀬・猪熊建築設計事務所、ツバメアーキテクツでの実務経験を経て、2020年にchidori studioを設立。北陸の気候風土に根ざした建築の設計、企画段階から携わるシェア・ケア空間の設計、歴史的建造物の再生等に取り組む。2023年に金沢職人大学校修復専攻科を修了。金沢大学・福井工業大学にて非常勤講師を務める。
秋元建築設計室 秋元 俊介さん
1990年、金沢市出身。2011年、石川工業高等専門学校建築学科卒業。2013年東京理科大学卒業、同年より陶器二三雄建築研究所。2015年よりオンデザインで活動。2022年、秋元建築設計室として独立。2025年、複合事務所「石引アナーキー」を立ち上げる。現在は妻であり同じく一級建築士の秋元悠子さんと共に活動。住宅から公共建築、家具やサインまで、用途や規模、構造に捉われない多様な実績を有し、使い手に寄り添った建築を提案。
まちづくりの視点を持ちながら、地域課題を解決するプロジェクトや、伝統と現代をつなぐデザインを発信している。
1990年、金沢市出身。2011年、石川工業高等専門学校建築学科卒業。2013年東京理科大学卒業、同年より陶器二三雄建築研究所。2015年よりオンデザインで活動。2022年、秋元建築設計室として独立。2025年、複合事務所「石引アナーキー」を立ち上げる。現在は妻であり同じく一級建築士の秋元悠子さんと共に活動。住宅から公共建築、家具やサインまで、用途や規模、構造に捉われない多様な実績を有し、使い手に寄り添った建築を提案。
まちづくりの視点を持ちながら、地域課題を解決するプロジェクトや、伝統と現代をつなぐデザインを発信している。
今回のテーマはクリエイティブ
建築家の仕事とは?
しるく 将来、起業することを志して大学に入学しました。現在は学校でマーケティングやイノベーションなどを学びながら、ガクトラボのインターンとして起業支援の企画に携わっています。お二人のように専門分野で独立し、活躍している方へのインタビューは今回が初めてなのでワクワクしています!
まずはどのようなお仕事をしていらっしゃるのか、ご経歴と合わせて教えてください!
秋元 石川工業高等専門学校(石川高専)で建築を学び、東京理科大学に編入して、卒業後は横浜の建築設計事務所で働いていました。今から3、4年前、2人目の子どもが生まれるのをきっかけに帰郷しました。当初は建築設計事務所に勤めながらリモートワークをしていたのですが、自分の事務所を立ち上げる準備のため、金沢未来のまち創造館に入居しました。3年間在籍した後、他の入居者たちと共に石引へ移って、「石引アナーキー」という複合事務所を作り、現在に至ります。
仕事内容としては、住宅や保育園、美術館、一棟貸しのホテルなど、ジャンルを限定せずに幅広く建築設計しています。ちょうど保育園の建て替えプロジェクトを行っているところなのですが、補助金の申請・採択や、用地の取得、近隣住民との調整など、設計の3年ほど前から交渉ごとをしています。保育園の建設は、騒音などの問題で近隣住民からの反対が起きやすいのですが、顔も知らない子どもたちの騒ぎ声はうるさく感じるけれど、顔を知っているだけで「今日も元気だな」という気持ちになるんですよね。そういった関係作りみたいなことにも、一緒に取り組みます。また保育園を建て替えるとなると、補助金の関係で次の建て替えはさらに50年後になります。50年間建物を使うことを前提に、未来の保育園の在り方、保育をとりまく環境などを考えながら設計をします。長期的なことを考えたり、社会活動のようなことも同時に行っているんですよ。
まずはどのようなお仕事をしていらっしゃるのか、ご経歴と合わせて教えてください!
秋元 石川工業高等専門学校(石川高専)で建築を学び、東京理科大学に編入して、卒業後は横浜の建築設計事務所で働いていました。今から3、4年前、2人目の子どもが生まれるのをきっかけに帰郷しました。当初は建築設計事務所に勤めながらリモートワークをしていたのですが、自分の事務所を立ち上げる準備のため、金沢未来のまち創造館に入居しました。3年間在籍した後、他の入居者たちと共に石引へ移って、「石引アナーキー」という複合事務所を作り、現在に至ります。
仕事内容としては、住宅や保育園、美術館、一棟貸しのホテルなど、ジャンルを限定せずに幅広く建築設計しています。ちょうど保育園の建て替えプロジェクトを行っているところなのですが、補助金の申請・採択や、用地の取得、近隣住民との調整など、設計の3年ほど前から交渉ごとをしています。保育園の建設は、騒音などの問題で近隣住民からの反対が起きやすいのですが、顔も知らない子どもたちの騒ぎ声はうるさく感じるけれど、顔を知っているだけで「今日も元気だな」という気持ちになるんですよね。そういった関係作りみたいなことにも、一緒に取り組みます。また保育園を建て替えるとなると、補助金の関係で次の建て替えはさらに50年後になります。50年間建物を使うことを前提に、未来の保育園の在り方、保育をとりまく環境などを考えながら設計をします。長期的なことを考えたり、社会活動のようなことも同時に行っているんですよ。
しるく 建築家さんのお仕事って、そんなに幅広いんですね!
秋元 建築家は、ただ設計して図面を書くだけでなく、スタート段階での考え方や思想といったところからプロジェクトのチームメンバーと議論しながら進めていきます。建物は町の一部になるので、「まちづくり」のようなソーシャルなところを意識しながらやっていますね。
しるく 岡さんも一度県外に出て、金沢へ戻って来られたんですよね。
岡 高校を卒業後、上京しました。大学院を卒業した後は建築設計事務所で働いていたのですが、大きな仕事が終わり、ちょうど子どもが保育園に入るタイミングで、2020年に金沢へUターンしました。そして自分の事務所を立ち上げ、今に至ります。独立して最初の仕事が、自邸の設計です。そこでずっと仕事をしていたのですが、自宅兼事務所ということもあり人の出入りが多くなったタイミングで、一度外に出てみようと思い、昨年末に金沢未来のまち創造館へ入居した形です。
取り組んでいることは大きく3つあります。1つは、北陸らしい建築をつくることです。東京で様々な建築を学んだり設計をしていた時は、気持ちの良い晴れた空の下、空間をどのように使うかを想像することが多かったです。ですが、せっかく金沢に戻ってきたのだから、それとは違う建築の可能性を考えたい、雨や曇り空が多いこの土地で有効な建築を作ろうと思いました。フランスにルーブル美術館ランス別館という、金沢21世紀美術館も設計した建築家ユニットのSANAAが手掛けた美術館があります。北フランス地方は曇天が多いのですが、鈍く光るアルミパネルの外壁が、曇り空の中でとてもよく映えていて、「曇り空が似合う建築ってあるんだな」と感銘を受けました。最近では、例えば外空間を使うときに、屋根がついてる外部空間や、限りなく外に近い内部空間のように、雨が降っていてもその下で活動ができる空間だとか楽しめる場所を作ったり、雨樋をデザインしたりということに取り組んでいます。
2つ目は、枠組みから建築をつくるということ。これまで勤めた会社はシェア空間としてコワーキングスペース、シェアハウスといったものをよく手掛ける事務所でした。そこで、全国50事例くらいを集めたシェア空間の本の制作を担当したのですが、ゼロから生み出すものって、似た用途をリサーチして、前例がないものを想像して設計するしかないんです。通常、建築設計には建物用途ごとに決まった前提条件があるのですが、その条件となるものがない。そういう設計に、積極的に取り組みたいと思っています。最近の事例ではある企業から、屋外の小さな三角形状の小さな遊休敷地を有効活用できないかという相談があり、東屋を設計しました。そのあたりにはランチを食べる場所がなかったので、キッチンカーを呼び込める場所として、また従業員だけでなく地域の人が休憩するスペースとしても利用できるような場所を目指しました。
秋元 建築家は、ただ設計して図面を書くだけでなく、スタート段階での考え方や思想といったところからプロジェクトのチームメンバーと議論しながら進めていきます。建物は町の一部になるので、「まちづくり」のようなソーシャルなところを意識しながらやっていますね。
しるく 岡さんも一度県外に出て、金沢へ戻って来られたんですよね。
岡 高校を卒業後、上京しました。大学院を卒業した後は建築設計事務所で働いていたのですが、大きな仕事が終わり、ちょうど子どもが保育園に入るタイミングで、2020年に金沢へUターンしました。そして自分の事務所を立ち上げ、今に至ります。独立して最初の仕事が、自邸の設計です。そこでずっと仕事をしていたのですが、自宅兼事務所ということもあり人の出入りが多くなったタイミングで、一度外に出てみようと思い、昨年末に金沢未来のまち創造館へ入居した形です。
取り組んでいることは大きく3つあります。1つは、北陸らしい建築をつくることです。東京で様々な建築を学んだり設計をしていた時は、気持ちの良い晴れた空の下、空間をどのように使うかを想像することが多かったです。ですが、せっかく金沢に戻ってきたのだから、それとは違う建築の可能性を考えたい、雨や曇り空が多いこの土地で有効な建築を作ろうと思いました。フランスにルーブル美術館ランス別館という、金沢21世紀美術館も設計した建築家ユニットのSANAAが手掛けた美術館があります。北フランス地方は曇天が多いのですが、鈍く光るアルミパネルの外壁が、曇り空の中でとてもよく映えていて、「曇り空が似合う建築ってあるんだな」と感銘を受けました。最近では、例えば外空間を使うときに、屋根がついてる外部空間や、限りなく外に近い内部空間のように、雨が降っていてもその下で活動ができる空間だとか楽しめる場所を作ったり、雨樋をデザインしたりということに取り組んでいます。
2つ目は、枠組みから建築をつくるということ。これまで勤めた会社はシェア空間としてコワーキングスペース、シェアハウスといったものをよく手掛ける事務所でした。そこで、全国50事例くらいを集めたシェア空間の本の制作を担当したのですが、ゼロから生み出すものって、似た用途をリサーチして、前例がないものを想像して設計するしかないんです。通常、建築設計には建物用途ごとに決まった前提条件があるのですが、その条件となるものがない。そういう設計に、積極的に取り組みたいと思っています。最近の事例ではある企業から、屋外の小さな三角形状の小さな遊休敷地を有効活用できないかという相談があり、東屋を設計しました。そのあたりにはランチを食べる場所がなかったので、キッチンカーを呼び込める場所として、また従業員だけでなく地域の人が休憩するスペースとしても利用できるような場所を目指しました。
Perchプロジェクト/設計・監理 : チドリスタジオ/写真 : yama_architecturephoto
3つ目は、歴史的建造物の活用です。金沢職人大学校で修復を学んだのですが、その経験を生かして、古い建物をどのように活用するかを考えていきたいと思っています。
金沢未来のまち創造館を
利用したきっかけ
しるく お二人とも県外から石川に戻って来て、金沢未来のまち創造館を利用されました。創造館に入居したきっかけやエピソードなどを教えてください。
秋元 横浜にいた頃、「VIVISTOP Kanazawa」さんとつながりがあり、金沢未来のまち創造館のオープンを教えてもらいました。「起業家が入居できて、しかも家賃は安いよ」と聞き入居の時期を調べると、自分が金沢へ戻るタイミングと重なっていたんです。起業にあたっては、伴走型の起業支援や事業相談を行うTENJO KANAZAWAさんからサポートを得て、法人設立や経営の知識を身につけることができました。あとは、金沢市が運営しているレンタルオフィスという与信が得られたのも大きかったですね。
岡 僕は秋元さんのようなお知り合いがいたということもありますし、近所に住んでいるので何度か遊びに来て、施設を知っていたということもあります。岐阜県飛騨市で、地元で育つ広葉樹を活用するプロジェクトを行ったことがあって、それ以来、地域の「材」をどのように使うかということを考えています。ここに入居したのもその流れです。基本的には、建築を作るためにどういう材があるのだろうと考えるのですが、それとは逆に、地域の材から何ができるんだろうということを、ゴールを定めずにじっくり考えたい。せっかく金沢未来のまち創造館に入ったのだから、そういうことに取り組みたいと思っています。
秋元 横浜にいた頃、「VIVISTOP Kanazawa」さんとつながりがあり、金沢未来のまち創造館のオープンを教えてもらいました。「起業家が入居できて、しかも家賃は安いよ」と聞き入居の時期を調べると、自分が金沢へ戻るタイミングと重なっていたんです。起業にあたっては、伴走型の起業支援や事業相談を行うTENJO KANAZAWAさんからサポートを得て、法人設立や経営の知識を身につけることができました。あとは、金沢市が運営しているレンタルオフィスという与信が得られたのも大きかったですね。
岡 僕は秋元さんのようなお知り合いがいたということもありますし、近所に住んでいるので何度か遊びに来て、施設を知っていたということもあります。岐阜県飛騨市で、地元で育つ広葉樹を活用するプロジェクトを行ったことがあって、それ以来、地域の「材」をどのように使うかということを考えています。ここに入居したのもその流れです。基本的には、建築を作るためにどういう材があるのだろうと考えるのですが、それとは逆に、地域の材から何ができるんだろうということを、ゴールを定めずにじっくり考えたい。せっかく金沢未来のまち創造館に入ったのだから、そういうことに取り組みたいと思っています。
しるく 下積み時代や印象に残っていること、苦労したエピソードや、「これがあるから今がある」というお話があればお聞きしたいです!
岡 僕が会社員だった頃、建築設計事務所は労働時間が長いし、プロジェクトの規模によっては10億単位のお金が動くので、ストレスやプレッシャーは大きかったですね。当時関わっていたプロジェクトに百貨店の地下空間を改修するというのがあるのですが、百貨店って朝から夜まで営業するので、それが終わってから工事なんですよ。だから夜中の1時に現場に呼ばれることもあって、しんどくて気持ちが落ち込んだこともありましたね。ですが、そういう時代があったので、今は割と楽というか(笑)。
金沢に戻って来てからは楽しい経験ばかりです。今は18時に仕事を終えて、家族でご飯を食べて寝て。バランスがいいと思いますね。もちろん向こうにいた頃も楽しいことはありましたよ。夜10時になったら事務所のみんなでコンビニにビールを買いに行って、駅まで飲みながら歩いて解散するみたいな。楽しみ方が違うだけですね。
しるく 岡さんも秋元さんも、お子さんを育てながら活躍していてすごいです!
秋元 建築は設計委託業務という、丸々委託されてそれに対する成果を出す形で報酬をいただく流れなので、プロジェクトにもよるのですが、自分の裁量でコントロールすることができるんですね。20代の頃はチャンネルが少なくて、働くか寝てるかしかない、そういう生活をしていたのですが、30代になって子どもが生まれて、だいぶ人生のチャンネルが増えたような気がします。パパであり、個人事業主の代表でありみたいな。いろんな側面を持つ中でバランスを取って仕事をするのは、個人だからこそ、やりやすいところはあると思います。
岡 僕が会社員だった頃、建築設計事務所は労働時間が長いし、プロジェクトの規模によっては10億単位のお金が動くので、ストレスやプレッシャーは大きかったですね。当時関わっていたプロジェクトに百貨店の地下空間を改修するというのがあるのですが、百貨店って朝から夜まで営業するので、それが終わってから工事なんですよ。だから夜中の1時に現場に呼ばれることもあって、しんどくて気持ちが落ち込んだこともありましたね。ですが、そういう時代があったので、今は割と楽というか(笑)。
金沢に戻って来てからは楽しい経験ばかりです。今は18時に仕事を終えて、家族でご飯を食べて寝て。バランスがいいと思いますね。もちろん向こうにいた頃も楽しいことはありましたよ。夜10時になったら事務所のみんなでコンビニにビールを買いに行って、駅まで飲みながら歩いて解散するみたいな。楽しみ方が違うだけですね。
しるく 岡さんも秋元さんも、お子さんを育てながら活躍していてすごいです!
秋元 建築は設計委託業務という、丸々委託されてそれに対する成果を出す形で報酬をいただく流れなので、プロジェクトにもよるのですが、自分の裁量でコントロールすることができるんですね。20代の頃はチャンネルが少なくて、働くか寝てるかしかない、そういう生活をしていたのですが、30代になって子どもが生まれて、だいぶ人生のチャンネルが増えたような気がします。パパであり、個人事業主の代表でありみたいな。いろんな側面を持つ中でバランスを取って仕事をするのは、個人だからこそ、やりやすいところはあると思います。
学生時代に開館した
金沢21世紀美術館のインパクト
しるく お二人が建築の道へ進んだきっかけは何だったのでしょう。
岡 実家が自営業で、両親は暦関係なく休みなく働く人でした。あまり家族の休日とかもなくて、365日稼働する商売をしていたのですが、家族で営むというのは経験として良いものだと捉えていたんです。自分でもビジネスをしたいなと思っていたとき、僕が中学生くらいの頃ですが、金沢21世紀美術館ができて市内の小・中学生が招待されました。そのときに初めて「建築家ってこういうものを作るんだ!」と、建築という仕事を意識しましたね。大学受験で進路を決めるときになって、多くの人の目に触れるものが作れて、かつ将来は独立もありそうだと思い、この道に進んだのがきっかけです。
秋元 僕も金沢21世紀美術館が完成し、それを見たことで建築って面白そうだなと思ったのがきっかけで、石川高専へ行きました。
しるく え、お二人ともですか!
岡 逆に質問したいのですが、どうして細川さんは起業に関心を持ったのですか?
岡 実家が自営業で、両親は暦関係なく休みなく働く人でした。あまり家族の休日とかもなくて、365日稼働する商売をしていたのですが、家族で営むというのは経験として良いものだと捉えていたんです。自分でもビジネスをしたいなと思っていたとき、僕が中学生くらいの頃ですが、金沢21世紀美術館ができて市内の小・中学生が招待されました。そのときに初めて「建築家ってこういうものを作るんだ!」と、建築という仕事を意識しましたね。大学受験で進路を決めるときになって、多くの人の目に触れるものが作れて、かつ将来は独立もありそうだと思い、この道に進んだのがきっかけです。
秋元 僕も金沢21世紀美術館が完成し、それを見たことで建築って面白そうだなと思ったのがきっかけで、石川高専へ行きました。
しるく え、お二人ともですか!
岡 逆に質問したいのですが、どうして細川さんは起業に関心を持ったのですか?
しるく 私が高校2、3年生の時、社会に「ジェンダーレス」という言葉が浸透し始めたんです。そのキーワードがすごく私には刺さって、学校でも制服の仕様が変わるなど目に見えるような現象が起きていたのですが、周りの人たちが変化についていけていないみたいなところに課題感を持っていて。もともとコスメや化粧品に興味があったので、その分野でもっとジェンダーレスの概念を社会に浸透していけたらいいなと思い描いたのがきっかけです。
それで、ジェンダーレスなコスメを作りたいと思って大学に入ったのですが、起業を目指す学生がたくさんいる中で、何かアクションしないといけないし、頭ひとつ飛び抜けるくらいにならないとと思って。色々と動いてる中で、株式会社ガクトラボさんとご縁があり、起業支援に携わるようになりました。それ以降、だんだんと起業をサポートしたりアシストしたりすることにやりがいを感じるようになり、この企画に携わるようになりました。
岡 明確ですね!僕たちは専門性を身につけた上で独立しているので、起業自体のハードルは低いんです。一方で、学生さんで「起業する!」と意気込んでいる人はいますが、何をするの?というところが気になっちゃって。
秋元 気になりますね。細川さんのように、明確なやりたいことがあって、そこから事業を立ち上げて、そこでお金を集めて、事業の流れ自体をデザインするというのが大事だと思います。
それで、ジェンダーレスなコスメを作りたいと思って大学に入ったのですが、起業を目指す学生がたくさんいる中で、何かアクションしないといけないし、頭ひとつ飛び抜けるくらいにならないとと思って。色々と動いてる中で、株式会社ガクトラボさんとご縁があり、起業支援に携わるようになりました。それ以降、だんだんと起業をサポートしたりアシストしたりすることにやりがいを感じるようになり、この企画に携わるようになりました。
岡 明確ですね!僕たちは専門性を身につけた上で独立しているので、起業自体のハードルは低いんです。一方で、学生さんで「起業する!」と意気込んでいる人はいますが、何をするの?というところが気になっちゃって。
秋元 気になりますね。細川さんのように、明確なやりたいことがあって、そこから事業を立ち上げて、そこでお金を集めて、事業の流れ自体をデザインするというのが大事だと思います。
岡 動機が重要ですよね。「ある体験から、こんな疑問を持った」とか、「こういうものに憧れて」とか、すごくシンプルだけど共感できることってあるじゃないですか。細川さんのように、ジェンダーレスというキーワードが刺さって、こういう疑問を持ってという流れは、聞いていてすっと理解できましたね。
一つの分野を極める秘訣とは?
しるく 私は飽き性で、一つのことに特化したり、集中して取り組んだりするのが苦手なのですが、お二人は建築という分野でお仕事を続けています。そこに信念だったりやりがいがあったりするからなのでしょうか?
北陸住居 No.1/設計・監理:チドリスタジオ 岡佑亮/写真:中山保寛
岡 専門的な仕事でも、作りたいものって変わるんですよね。飽き性というのは専門性の中にもあるかもしれなくて。建築家の中にはずっと同じことをやり続ける人もいれば、スタイルがころころ変わったりする人もいます。そういう意味では、自分が1つのことにずっと集中するタイプだとは、実は思っていないんですよね。はじめに話した「3つやりたいことがある」というのも考えてみれば欲張りだし(笑)、ここに来て林業も気になっている。1つのことを追求できるタイプじゃないのかなと思いますし、一方で興味のアンテナがいっぱいあるというのは、それはそれで悪いことではない。
秋元 有名な建築家の中にはコンクリートの打ち放し手法を使った表現をずっと続けている人もいますが、僕は同じようにはなれない。その場に合った素材を探求したくなるし、いろいろな情報とか、お客さんの好みにも耳を傾けて考えたい。それで言えば、一つのことを突き詰めているというよりも、毎回新鮮な気持ちで建築をしている感じがあります。
しるく 今後の目標や、野望などがあれば教えてください!
秋元 墓や礼拝堂が気になります。古くからある教会のように、祈りを捧げるための場所の形而上学的な建築と言いますか、機能や美学というよりも、創造の領域みたいなところで生まれてくる建築が純粋に好きで。西洋のゴシック建築というのは神に届くようにひたすら高い塔を作っていて、それがルネッサンス期になり、高さを抑えて装飾的な表現が多くなるのですが、そういった「気持ち」から生まれる表現には感銘を受けるし、もしも自分自身が設計するとなった場合に、どういった空間ができるのか興味があります。
岡 代官山にヒルサイドテラスという、建築家の槇文彦さんが手掛けた複合建築があります。この方は何年もかけて代官山にすごくモダンな建築を作った。すると、槇さんの手法に習って周りで建てるものも素敵なものになり、その動きが街全体に広がっていきました。要は長く続けること、蓄積による成果に憧れがあって、だから北陸らしい建築を作るというのも、一つひとつのプロジェクトを追求することももちろん大切にしていますが、自分が引退した時に、槇さんのように何か一つでも価値のある建築の試行ができていたら、人生万々歳という思いがあります。
秋元 有名な建築家の中にはコンクリートの打ち放し手法を使った表現をずっと続けている人もいますが、僕は同じようにはなれない。その場に合った素材を探求したくなるし、いろいろな情報とか、お客さんの好みにも耳を傾けて考えたい。それで言えば、一つのことを突き詰めているというよりも、毎回新鮮な気持ちで建築をしている感じがあります。
しるく 今後の目標や、野望などがあれば教えてください!
秋元 墓や礼拝堂が気になります。古くからある教会のように、祈りを捧げるための場所の形而上学的な建築と言いますか、機能や美学というよりも、創造の領域みたいなところで生まれてくる建築が純粋に好きで。西洋のゴシック建築というのは神に届くようにひたすら高い塔を作っていて、それがルネッサンス期になり、高さを抑えて装飾的な表現が多くなるのですが、そういった「気持ち」から生まれる表現には感銘を受けるし、もしも自分自身が設計するとなった場合に、どういった空間ができるのか興味があります。
岡 代官山にヒルサイドテラスという、建築家の槇文彦さんが手掛けた複合建築があります。この方は何年もかけて代官山にすごくモダンな建築を作った。すると、槇さんの手法に習って周りで建てるものも素敵なものになり、その動きが街全体に広がっていきました。要は長く続けること、蓄積による成果に憧れがあって、だから北陸らしい建築を作るというのも、一つひとつのプロジェクトを追求することももちろん大切にしていますが、自分が引退した時に、槇さんのように何か一つでも価値のある建築の試行ができていたら、人生万々歳という思いがあります。
平成生まれの先輩から
学生へのメッセージ
しるく 最後、起業を目指す若者や学生に向けてエールをお願いします!
岡 例えば学生の時に、SANAAの事務所に行きたいとか、憧れの建築家の事務所に行きたいという気持ちもあったけれど、一方で、そこで本当に良い経験ができるかどうかはわからない。最初に勤めた時も、大学院を卒業したら就活しようと思っていたのですが、卒業間近に自分の先生が「うちに来ないか」と声をかけてくれたのがきっかけだったり、その次の事務所も、辞める際の挨拶をしに行ったら「うちに来ない?」と誘っていただいたりして。基本は縁があって、そこでもしかしたら、その人の代表作を担当するかもしれない。それはそれで良い経験になるじゃないですか。必ずしも憧れのところに入ったら憧れの仕事ができるというわけでもないし、10年間いても建築が1個も建たないかもしれない。だからそういう時は、悩まずに、縁があるところに入ったら、と思います。それで違ったら、辞めて別の方へ行けばいい。独立も金沢で独立したら仕事があるとか、東京で独立したら仕事があるとかではなくて、縁があるところで独立して、失敗したらまた変えればいいみたいな、気楽な感じでいいと思います。
岡 例えば学生の時に、SANAAの事務所に行きたいとか、憧れの建築家の事務所に行きたいという気持ちもあったけれど、一方で、そこで本当に良い経験ができるかどうかはわからない。最初に勤めた時も、大学院を卒業したら就活しようと思っていたのですが、卒業間近に自分の先生が「うちに来ないか」と声をかけてくれたのがきっかけだったり、その次の事務所も、辞める際の挨拶をしに行ったら「うちに来ない?」と誘っていただいたりして。基本は縁があって、そこでもしかしたら、その人の代表作を担当するかもしれない。それはそれで良い経験になるじゃないですか。必ずしも憧れのところに入ったら憧れの仕事ができるというわけでもないし、10年間いても建築が1個も建たないかもしれない。だからそういう時は、悩まずに、縁があるところに入ったら、と思います。それで違ったら、辞めて別の方へ行けばいい。独立も金沢で独立したら仕事があるとか、東京で独立したら仕事があるとかではなくて、縁があるところで独立して、失敗したらまた変えればいいみたいな、気楽な感じでいいと思います。
秋元 金沢21世紀美術館を見て石川高専に行きたいと思った、とは言ったのですが、どちらかというと別の動機の方が大きくて。中学からスノーボードをしていたのですが、高専の受験は一般校よりも受験が2、3ヶ月くらい早く終わるんですよ。早く受験を終えてスノーボードに行きたい!と思って受験しました(笑)。高専には5年間通うのですが、1年から4年ぐらいまではテストの順位が最下位で、ずっと低空飛行していたんです。スノーボードは続けていて、3年生の頃にスノーボードのプロの道へ行くか悩んでいたほどでした。それが、4年生の時に研究室で建築の設計をする機会があり、「あれ、建築面白いじゃん」ってなって。そこからスノーボードに注いでいた熱量が、全て建築にいきました。
そこから東京の大学に編入し、岡さんと同じように、結構「縁」の中で生きてきました。大学で就活の話がたくさん出てくるような頃にも全く就活をしておらず、卒業間近に「この事務所、求人しているよ」というのを教授から教えてもらい、そこに入って。
振り返ってみると、やりたいことを、同じ熱量で継続するというのは、ものづくりを長く続けていく上で大切なことなのではないかという気がしています。建築設計は、どれだけ稼いでいるかよりも続けることが大事なのだと思いますね。
しるく お二人とも、私がこれまでイメージしていた建築とは全く違う、本当に広い世界で活躍されているのだなと思いました。本日はありがとうございました!
(2025年11月19日取材、編集:井上奈那)
そこから東京の大学に編入し、岡さんと同じように、結構「縁」の中で生きてきました。大学で就活の話がたくさん出てくるような頃にも全く就活をしておらず、卒業間近に「この事務所、求人しているよ」というのを教授から教えてもらい、そこに入って。
振り返ってみると、やりたいことを、同じ熱量で継続するというのは、ものづくりを長く続けていく上で大切なことなのではないかという気がしています。建築設計は、どれだけ稼いでいるかよりも続けることが大事なのだと思いますね。
しるく お二人とも、私がこれまでイメージしていた建築とは全く違う、本当に広い世界で活躍されているのだなと思いました。本日はありがとうございました!
(2025年11月19日取材、編集:井上奈那)