はたらこう課

Interview

リレーインタビュー

感性に訴えるヴィンテージ家具を発掘し、
再び息を吹き込み、輝きを放つ逸品に。

# 32

梨野 雅揮

MASAKI NASHINO

家具店店主

NOW/TORi

Profile

1978年、金沢市生まれ。フリーターとして働いた後、飲食店で正社員として勤務。その傍ら、インターネットオークションで自身の修繕した家具の出品を数年にわたり継続。アルバイトをしながら開業準備を経て、2008年に金沢21世紀美術館そばに「TORi(トリ)」を開店。’14年に、広坂・百万石通り沿いにショップ兼倉庫「NOW(ナウ)」をオープンさせる。デンマークやオランダなどを中心とした周辺諸国の’50~’60年代のヴィンテージ家具の買い付け、修繕、販売、コーディネートのほか、ポップアップショップ・企画展などを手がける。

起業までのいきさつは?

親父が商売をしていたこともあって、子どもの頃にはすでに「大人になったらお店をやりたい」と思っていましたし、そもそも会社へ勤めに行く感覚はなかったですね。インテリアに興味があったのも幼い時からで、住宅のカタログを見ているだけで楽しく、特に家の中から障子越しに見える庭の景色や洋間の雰囲気が好きでした。

20代の頃、東京でヴィンテージ家具の世界に初めて出会い、カルチャーショックを受けました。1脚3万円もする椅子などは、当時の自分にはとてもじゃないけど手の届くものではなかったですが、その中でも日本の古き良きものを掘り起こして、生地の張替えやリメイクを施して販売しているお店があり、そこには世界的に有名なデザインの逸品も、ジャンクと呼ばれる、まったく無名のものもごちゃごちゃと並べて販売されていることに驚かされました。でも「無名の古い家具を蘇らせて販売することならば自分にもできるかもしれない」と思ったことが、この店を始めるきっかけでした。

親の会社とアルバイト、飲食店での仕事を掛け持ちしつつ、空いた時間に不用品の中から使えそうな家具を探したり、リサイクルショップで500円から数千円で売っている椅子を見つけ出したりしました。それを張り屋に持ち込んで、シートの張替えをオーダーし、仕上がったものをインターネットオークションに出品し始めました。ホームセンターで工具を購入して、独学で自分でも修理するようになりました。といっても、最初は全然売れませんでしたし、手応えもまったくなかったです。

海外のいろんなデザインに興味が湧いて調べていくと、自分の好みのものはオランダにあることがわかって、現地のディーラーへ直接メールしてみたんです。そうすると「会いに来い」って返事が返ってきて。お金がなくて何も買えないけど、思い切って行ってみたんです。そのディーラーではいろいろな家具を見せてもらい、「もっと勉強しろよ」と励まされました。現地では掲示板のようなところがあって、家具の買い付けに協力してくれる人を募集してみると、貿易の仕事をしている日本人の方に協力してもらえることに。輸入や物流のことはよくわからない中、その方に諸々助けてもらいながら道筋が見えて前に進み始めることができました。

その後も、国内のリサイクルショップなどを探し回って購入して直す作業を続けていたのですが、海外のものも次第に安く買い付けられるようになっていきました。さすがに海外への行き来は資金不足で叶わなかったので、やりとりは専らメールでしたね。その頃、まだ世の中でインターネットがあまり普及していない時代だったこともあり、地元では認知されないためなかなか売れず、相変わらずネットオークションが中心でした。ネットオークションで買い付けもしていました。今なら100万円で売れるようなものが3万円で売られていることもあって、出品者がその価値の高さに気づいていないといった品物を夜中じゅう探しまくっていました(笑)。そういったことを何年か続けるうちに、いつしか商品の取引の規模が大きくなっていきました。

家具のリメイク作業は、親父の会社が所有していたプレハブ小屋の倉庫を借りてやっていましたが、どこから情報を得たのか、そこに県外のお客が来るようになってしまったため、自分の店舗を持つことにしました。すぐに物件を探してオープンさせたのが、金沢21世紀美術館の脇にある「TORi」です。

店舗を構えるにあたり自己資金はなかったので、当時の国民政策金融公庫から融資を受けました。とにかく早くお店を構えたい気持ちが先走ってしまい、考えては失敗しての繰り返しだったので、事業計画も細かく考えないまま書類を提出したように思いますが、創業のための融資ということもあり、意外とスムーズに進みました。助成金の申請は複雑そうな手続きが苦手でしなかったです。融資分の返済が終わった頃に公庫からお話をいただき、追加融資を受けることができたので、家具の買い付けに活用しました。商品は一点ものが多く、つねに少しずつ値上がりしていくものなので、在庫として持っていても腐ることはないんです。開業して数年間は経営がシビアだったので、少ない予算でいかにいいものを仕入れるかということをひたすら追求していましたが、もっと資金があればこういうものが欲しいという気持ちが湧いてきますからね。

その後、借りていた倉庫は売却の話が出てきたため代わりの場所に移転することに。「TORi」のほど近くのビルをまるごと借りて、ショップ兼倉庫として「NOW」をオープンさせました。郊外の倉庫の家賃と同じぐらいの金額だったし、扱う商品が’50~’60年代の家具なので、この雰囲気も合わせて見てもらえる環境がいいかなと思いました。漆芸店のビルだったようですが、改装というより解体に近い感じで、元の内装をすべて取り払いました。

起業で大変だったことは?

まったくのゼロからヨーロッパへ行くまでの間は、何も情報がなくてすべてが手探りという状態にはさすがに困りましたが、やっぱり好きなことだから辛さは少しも感じなかったです。大変だったのは、最初の数年間、お店を継続させるために売上を維持させることでした。一体どれぐらいが軌道にのった状態かというはいまだにわからないですが、少し余裕が出てきたと感じたのは5、6年ぐらい前です。ずっとギリギリというか、買い付けのために現地にアポイントを取って行くものの、お金がないといった状態の時には、クレジットカードのキャッシングを利用してカバーすることもありました。それでも失敗の不安はなかったです。もし失敗しても高級車をつぶした感覚と思えばいいかな、と。これまでありとあらゆる仕事を経験してきました。同じ給料の仕事でもダラダラしている人もいれば、一生懸命やっている人もいる。ダメでも良くても最後にはそれが自分に返ってくるものです。商売していた親父の影響もあって、自分の力でやりたいという思いがひときわ強かったんだと思います。親父の会社の方はその後倒産してしまったのですが、それも含めて勉強になりました。

取り扱うヴィンテージ家具の魅力とは?

みんなが想像するようなアンティークとは違って、もうちょっと現代的、シンプルでモダンです。素材やつくりもいいし、無駄がなく完成されたデザインは、現代の暮らしにも合わせやすく10年後20年後と長い目で見て愛用していけます。買い付けた家具はクリーニングと研磨を行い素地に戻して組み直しますし、生地も上質なものを吟味して張替えし、クオリティの高い仕事をという思いで一つ一つ手をかけています。もちろん購入後の修理やメンテナンスなども行います。お客様は30代から40代が中心で、もっと上の年代の方もいらっしゃいます。特に家を建てる時に合わせて家具を求めに来られる方が多いですね。もちろん頼まれればコーディネートもさせていただいていますが、基本100%おまかせご希望という場合のみ受けるようにしています。インテリアについてのご相談は何でもアドバイスさせていただいています。

開業時から宣伝はせず、Instagramでの発信ぐらいです。自分のポリシーとしては、ただ商品を買ってもらうための接客はやりたくなくて、セレクトしてあるものを見て気に入って買ってもらいたいという強い思いがあります。だから、もちろん商品の説明はさせていただきますが、積極的なセールスはしたくありません。その通り、お店にはあえて看板も付けていないので、初めての人には入りにくいのも当然で、「入っていいですか」と言ってお越しになるお客様も結構います(笑)。家具のことがわからなくても、ショーウィンドー越しに見える商品を見てみたいなと思った人に来ていただければいいかな、と。

金沢で起業する意義は?

やっぱり地元が金沢ということが大きいですよね。ただ、地元の人だけじゃなく、県外や国外のいろんな人に向けて広く発信していきたいと考えてきました。起業した時は北陸新幹線が開通する前だったので、ここはまだそれほど外国人が行き交う場所ではなかったんですが、この先世界の人たちの目に触れるきっかけになる場所は金沢の中でどこかを考えた時に、金沢21世紀美術館のそばという立地はきっと面白い場所なのかなと思って選びました。

これから起業する人へのアドバイスを。

数字的な安定はひとまず置いといて、実践あるのみ。結果は自ずとついてくるのでこれに尽きると思います。良いものは売れるし、そうでないものは売れない。誰に何を売るのか。これもとても大事だと思います。

創業してから7、8年目まで、自分のいいなというものと、お客さんがこういうものが喜ぶのかなと思うものを並行して買い付けしていたんですが、次第に面白くなくなってきたんです。それで、売れ行きとは関係なく、自分が店に置きたいものを無理してでも買い集め始めました。100人はスルーしても、101人目の人にハマるものを置く。それが自分の本当にやりたかったことだったんです。それに対して、自分の評価してほしい人から評価をいただき、結果として売上が増えていきました。その後は自分の好きなものを中心に品ぞろえをしていき、今はそれを目がけていらっしゃるお客がすごく多くなりました。全国的に見ても、うちにしかないものがあり、買い付けのスタイルや人とのコネクションもたぶん独特なのではないでしょうか。

若い子たちと話していて思うのは、お店の型にはまったやり方でしなきゃいけないとか、好きなこともやりたいけど安定もほしいとかを考えがちで、きっとそれが一番中途半端だと思うんですよね。

僕は起業について誰かに相談したことはないんです。当時はうちみたいな店はなかったですし、たとえ同業者がいて、その人がはじめてやっていったことを、こうしたらできるよと教えてくれたとしても、僕はその人が今まで一生懸命やってきたことを自分のものにするというのはできないかな。デザインを学んだこともインテリア関係で修業したこともないし、誰ともつながってきていないことは、それはそれで自分の強みになってよかったのかなと思っています。

今後の展望は?

今はとても忙しくて、納品まで3ヶ月お待たせする状態が続いているのですが、今後は店の規模をもっと小さく、もっと自分のペースでお店をやっていきたいです。「お客様は神様だろ」とのご意見もあるでしょうが、僕はお客様とお店は対等に思ってもらえる人に来てもらえればいいかなと思っています。扱う家具はそんなに安いものではないので、単なる消費的な取引ではなく、買ってよかったと心から満足してもらえるお店にしていきたい。だから、今よりももっとペースを落として、どんどんアナログになっていきたいし、6ヶ月でも待ちたいと思ってもらえるほどの存在になっていきたいとも思っています。元々僕は商売自体がしたくてこの仕事を始めたのではなくて、自分の存在意義というか、何か小さなことでも認めてもらいたいという思いがあるのかもしれませんね。

20代から約20年間、一応週1日の休みを設けていたものの、夜中や休みの日も仕事に邁進してきました。でも、コロナ禍になってからは週休2日に変えました。初めて山登りの趣味ができて、毎週一人でどこかへ出かけて楽しんでいます。まだまだ釣りなどもやってみたいし、今まですっぽり抜けていた心豊かな時間をつくっていきたいなと思っているんです。そこからまた何か仕事にもつながって活かされる部分があったらいいですね。