はたらこう課

Interview

リレーインタビュー

出版業界の壁を行動力で切り開き、
個性が光るセレクト系書店を開業。

# 20

砂原 久美子

KUMIKO SUNAHARA

書店経営

本と印刷 石引パブリック

Profile

1976年生まれ、金沢市出身。東京の大学を中退後、デザイン事務所に入り、広告制作を中心に携わる。数社を転々としながらステップアップ。27歳の頃、地元金沢へのUターンを機に、フリーに転身。2009年、仕事の先輩とともにデザインの合同会社を設立。退職して、’16年7月に『本と印刷 石引パブリック』をオープン。アート、カルチャー、音楽、映画、料理など幅広いジャンルの書籍雑誌を独自にセレクトして販売。ほか、リソグラフ印刷、デザイン業務も手がける。

起業のきっかけは?

東京の大学を中退して、なんとなくデザインの仕事に就きました。もともとメディア系、特に出版業界に興味があって、当時は若かったのもあって、華のあるイメージに憧れていたんでしょうね。写植からDTPへの移行途中の時代だったから、オペレーターの仕事がすぐに見つかりました。そこからイラストレーターを覚えていって、デザイン会社を転々としました。主に広告のデザインや、大手広告代理店の下請けの仕事をしていましたが、仕事量が多くて目の前のものをひたすらこなしていくといった感じでした。

でも、家庭の事情により、金沢へUターンせざるを得なくなったんです。戻ってきて最初の頃は、フリーとしてデザインの仕事を続けていました。その後、仕事を共にした先輩と50万円ずつ出し合って、デザインの合同会社を立ち上げました。ありがたいことに仕事にはそこそこ恵まれ、スタッフもいました。5年ぐらい経った後、かねてから夢だった本屋を開くために、仕事をしながら開業準備も始めました。一緒に働いてきたなかで会社を辞めることはとても申し訳なく思いましたが、何度か話し合いを重ねて理解してもらい、最終的には背中を押してもらったので、今はとても感謝しています。

本屋を開くことは、4年ぐらい前から構想していたことです。というのも、東京で仕事していた時に資料探しのために本屋を回ることがよくありましたが、金沢に戻っていざ働いてみると、一般書が揃う書店はたくさんあるのに、自分の欲しい本が並ぶ本屋がなかったんです。誰かそういう本屋をやってくれないかなぁと思っていたんですが、ないのならもう自分でやってしまおう、と。

品揃えは、アートや音楽など、何かしら表現する人に向けたものを心がけています。あらゆるジャンルの本が揃っている大型書店ではなくて、そこからこぼれてしまうような本を扱う本屋をと考えています。金沢は、どちらかというと綺麗なものや情緒あるものがブランディングされ、住んでいる人もそういうものを好みがち。でもそうじゃない、サブカルチャーやエグミのあるものを好む人も来られるような場所にしたかったんです。

起業にあたり苦労したことは?

苦労の連続ですね(笑)。本屋を開くなんて全くの未経験なことだったんですから。実際に本屋で働いて仕入れや経営についてじっくり学びたかったんですが、子どももまだ幼いし動きづらかったですね。それでも、母の助けを得ながらできることをと思い、市内の大型書店でパートの面接にも行ってみたんですが、まさかの不合格。ほんとに困りましたね。そこで今度は街の小さな本屋を探して、大額にある『リード』という書店を見つけ、アポも入れずに飛び込んだけど店長が不在だった。「無償で働くので勉強させてもらいたい」といった内容の手紙を書きました。店長からは「さすがに無償じゃ困る」って言われましたが、とりあえず、本屋の仕入れや経営についての色んな話を伺いました。私は古本じゃなく、あくまでも新刊本を扱いたかったのですが、取次を通すことがいかに難しいかということを思い知らされました。

東京にフランチャイズ系の小取次会社があり、そこなら条件を満たせば通常の書店と同じように返品可で本を卸してくれるとのことで、武蔵周辺で物件を借りるところまで進んでいたんですが、取次契約が叶わず、開店寸前に白紙になってしまったんです。これはもう、古本屋しか道はないのかと思い、業者を回ってみたもののいまいちピンとこなかった。やっぱり新刊本を扱いたい気持ちが強かったんです。

それで、比較的規模の小さい出版社から卸してもらおうと連絡をしてみましたが、取引以前に専門用語が全くわからず、先方が何を言っているのかも、自分が何を話すべきなのかもわからない状態。本の流通の全体像を把握するのが一番大変でしたね。その時は取引してくれるだけで有難いと思っていましたが、書籍自体掛け率が高い上にさらに買取条件となっている出版社が多く、直接取引の難しさを感じました。

海外のディストリビューター(卸売業者)ともつたない英語でやりとりを行い、とても苦労しましたね。輸入の際、税関を通すにも、船便や空輸便で値段が違ってくるし、とても複雑です。運送業者と取引はあっても、ヤマト運輸で取り扱いをしていても、私みたいな個人レベルだと規模が小さすぎて扱ってはくれないんです。

そんな折、人づてに、せせらぎ通りでインテリアと雑貨のお店をされている方が、以前神戸で本屋をやっていたと知り、さっそく連絡して相談にのってもらうことに。アート関係や洋書の仕入れ先を紹介してもらえました。そんなふうに、色んな方にお会いして、徐々に人脈を広げていきましたね。県外の出版社にも直接足を運んだり、県外のセレクト系の本屋にも行って話を伺ったり。とにかく動き回りました。今から思えば、とにもかくにも書店で働かなきゃと思っていましたが、面接を受けた大型書店だとレジ打ちやカバー掛けぐらいしか経験できなかったでしょうね。

現在、本の仕入れは、輸入や小取次、出版社との直取引、個人との取引からなります。ただ、店に置きたい面白い本を見つけても、仕入れができない時が歯痒いですね。そんな時は、「見栄本」と呼んでいるんですが、定価で購入して儲けなしでも販売しています。それから、こんなふうに仕入れ先が多いと、支払いの状況を把握するのが難しいのも悩みの一つです。

こんなに苦労しても起業のため頑張れたのは、一度は開業を挫折したから、何としてでもやらねばと火が付いたからなんでしょうね。デザイン業界だって何とかここまでやってこられたから、きっと本屋も何とかなるのではという、私の楽天的な性格もあるんでしょうが、とにかくやってみようと。まずは動いてみないとわからないと思うんです。その分、無駄も多かったかもしれないけど。

石引商店街にお店を構えた理由は?

アート系の本を扱うことから金沢美大の近くにということもあるし、家が山間部にあるので街なかまで毎日出ていくのは大変かなと思って。物件探しに石引の不動産屋を訪ねたら、ご主人がとっても面白い方だった。「君みたいな子を待っていた! 助けてあげるからぜひ石引へ来て」って言われて、そのまま2時間以上喋っていましたね。それで、以前電気屋だった物件に決めました。オーディオやスピーカーなども販売していたこともあって、フロアが3層ある独特のつくりです。階段が多いのでバリアフリーじゃなくて、お客様にご不便をおかけして申し訳ないです。改装は、大工さんに壁を壊してもらったり、本棚を付けてもらったりしたぐらいで、あとは壁のペンキ塗りは自分や友人たちとしました。

開業資金は貯めていたお金と国民金融公庫からの融資、それと不動産屋から教えてもらった金沢市の助成制度(中心商店街出店促進事業)で奨励金として50万円と家賃助成の支援を受けています。商店街の人たちに相談したり、推薦書を書いてもらったりして申請を行いました。

ラッキーなことに、オープンして間もなく読書の秋を特集した雑誌の取材依頼が重なったこともあり、特に宣伝活動にお金を使わずに済みました。でも、1年目はお店の存在を認知してもらおうと、とにかくイベント企画に力を入れ、イラストで有名な本秀康さんや都築響一さんといったアーティストや作家さんを招いて、トークショーなどのイベントを多数行いました。今もトークイベントやワークショップを続けていますし、ライブもたまにやっています。

商店街の人たちとは新年会や忘年会で顔を合わせる機会はもちろんありますが、それほど多くはないんです。ただ、『JO-HOUSE』のマスターや『niginigi』のお二人は、同世代なので何でも相談しやすいですね。先日、3店舗合同のイベントも初めて企画しました。特に『JO-HOUSE』さんは老舗なので、マスターは商店街のことを知り尽くしていますから、やっておいた方がいいこととか、外せない行事とか教えていただいて、私にとって心強い存在です。

印刷も手がけているのは?

やっぱり本の販売だけでやっていくのは難しいんです。だから、もう一つ印刷をウリにしてやりたかったんです。例えば、名刺をつくりたくてもデータを用意できない人のためにスキャンしたり、絵を描いたりもしています。だから、近所のおじいちゃんから、チラシつくってくれっていう依頼も結構多いんですよ。他には、『金沢市民芸術村』のイベントのフライヤーや名刺、ショップカード、箸袋、パッケージといったものも注文をいただきますし、美大生の就職活動に使うプレゼン用の印刷注文もあります。だから印刷業は、大切な収入源になっているといえますね。

やっているのは「リソグラフ印刷」で、孔版印刷といってシルクスクリーンと同じ技術を使ったデジタル印刷です。私自身、アメリカのカルチャー、特にユース・カルチャー誌や「ZINE(ジン)」(少部数の自主制作の出版物)を見るのが好きなんです。リソグラフのレトロな雰囲気が海外のアーティストの中で流行っています。私も、エッジのきいたものづくりをリソグラフでやりたかった。これを始めるにあたり、リソグラフ印刷のレクチャーを受けたり県外の会社に見学に行ったりもしました。

これから起業する人へのアドバイスを。

まだアドバイスできるような立場ではないんですが、

起業しても簡単には軌道に乗りにくいということ。勢いも大事だけど、サイドビジネスを考えておくとか、いろんな手を持っていた方がよいと思います。私自身も今でも本の売り上げだけでは成り立たないので、印刷もデザインの仕事も並行してやっていますから。

今後の展望は?

本好きな人、サブカルが好きな人、美大生を中心に来店いただいていますし、カフェ利用で地元の方がいらっしゃいます。中には、インターネットで買える本でも、わざわざうちに買いに来てくれる方もいて、本当に有り難いですよね。応援してくださるお客様にちゃんとこたえられるよう、さらに気を引き締めてやっていかねばと思っています。

とはいえ、現在もまだ一杯一杯の状態ですが、ゆくゆくは出版をやれたら嬉しいですね。もしやるなら「ZINE」です。やりたいという人をうまく結びつけて出版していきたいですね。今はインスタグラムみたいなものがあるので、撮りためたものを一冊の本にしたら面白いんじゃないでしょうか。

それから、石引商店街は場所柄もあって、わざわざ駐車場代を払ってまでいらっしゃるお客はまだまだ少ないと思うんです。でも、新規のお店が増えてくれば、昔ながらの店と新しい店が混在した多様性が生まれて面白い街になるんじゃないですかね。そうなれば、お客が商店街を歩きながらお店を巡るようになるかもしれない。同世代のオーナーさんたちと一緒に、この石引商店街をもっともっと盛り上げていければいいですね。

編集:きど たまよ  撮影:黒川 博司