はたらこう課

Interview

リレーインタビュー

木を取り入れたものづくりや提案で
国産材の価値を高めて森を守る。

# 23

加藤 麻美

ASAMI KATO

森業

ルーティヴ株式会社

Profile

1980年生まれ、鳳珠郡能登町(旧宇出津町)出身。23歳で森に興味を持ち、木工家に弟子入り。結婚を機に一般企業に就職。仕事の傍ら、『いしかわ里山保全活動リーダー会』でボランティア活動に従事。2016年、『ルーティヴ株式会社』を設立。湯涌地区を拠点に主に企業に向けて、県内産杉と能登ヒバを使ったノベルティグッズやオリジナルグッズの共同開発、オフィスの木質化、オフィス家具などの製造販売、CSR活動の提案、イベント企画などを手がけている。

起業のきっかけは?

私は、暇さえあれば山に出かけるくらいの大の山好きなんです。23歳の冬、スノーボードを楽しむために、長野・白馬に滞在していたことがあって、宿泊先のペンションにはオーナーの奥様がアロマテラピストでもあることから、自然に関する本がたくさん置いてあったんです。その中にあったドイツの「森林浴健康法」の本にとても興味を惹かれたのが、最初のきっかけでしょうか。いつか自分も森に関わるようなことをしたいという思いが芽生えました。

当時は、木工家として働いていましたが、結婚してからはOLとして人材育成やチームマネージメントの仕事をしつつ、休日には里山保全活動のボランティアをしていました。とはいえ、このままずっとボランティアを続けているだけでは、山の再生など到底実現できないと実感するようになりました。自らの手で経済を回すような取り組みをしないと意味がないんじゃないか、と。それで35歳で『Rootive(ルーティヴ)』を起業しました。「Rootive」はルーツとか根本、根っこという意味を込めた造語で、ロゴも木の根っこをデザインしたものです。

着目したのは、企業が取り組むCSR(生物多様性保全)活動です。以前から、どの企業を見てみても、社会貢献の一貫としてやらざるを得ないから仕方なくやっているし、企業のノベルティグッズや記念品にしても、ただ配ることが目的となっていると思えました。だったら、オフィスの中に木を取り入れるだけでもいいし、ノベルティグッズも木製品に変えていくだけでも、森林資源が少しずつ循環し始めるのではないかと考えたんです。しかも、企業相手ならマーケット数はいっぱいある。オフィスを木質化するだけでも、きっと日本の森は再生するはずだ、と確信しました。

起業にあたり、MBA(経営学修士号)を持っている前職の上司に、自分の作成したビジネスモデルや事業計画を見てもらいました。というのも、自分が社長になってしまった後では、誰も指摘してくれなくなるからです。しっかり考えたつもりの計画でも、あやふやに考えていた部分はやっぱりすぐにバレてしまう。「ターゲットが甘い」とか、「ニッチ市場を狙った方がいいんじゃないか」とか、とことん厳しく指摘されました。何しろ起業の経験がないわけですから、何もかもやってみなければわからないですからね。でも、その結果として、やるべきことや進むべき道が、自分の頭の中で整理されて明確になってよかったです。

宣伝や集客はどんなふうに行いましたか?

店舗を持っていないので、お客は自力で探すしかありません。まずはターゲットをきっちり決めて、企業や山小屋を中心にリスト化しました。自分で一から集客するのはなかなか難しいけれど、完成したプラットホームを探せば早い。例えば、山岳会がまさにそれで、山を知り尽くし、登山好きが山小屋に集まりますから、山小屋にも出向いて「山グッズを木でつくりませんか」と営業しに行きました。

人と人との関係を築くためには、電話営業はせずに、直接人に会う「face to face」が一番。とにかくコミュニケーションを大切にして、どこへでも出かけるし、飲みに行くこともしばしば。その甲斐あってなのか、宣伝はSNSやホームページで情報を発信するぐらいしかしていませんが、お客様や外部の人たちが勝手に営業してくれて(笑)、口コミで商品や取り組みが広がったのが有り難いですね。

これまでに、能登ヒバ(アテ)や県内産杉を使って、飲食店のプレートや、企業の社章、看板、デスクグッズ、子ども用の箸やおもちゃ、結婚式の引き出物など様々なモノを注文いただき、制作しました。簡単なものはデザインやレーザー加工は自分でしますが、立体的なものや複雑なものはデザイナーや職人さんに制作を依頼しています。

それから、SDGs(2015年国連で採択された、2030年までに達成を目指す17の持続可能な開発目標)のバッジを杉の間伐材でつくるための資金調達として、クラウドファンディングを利用しました。SDGsの目標の一つに「森の豊かさを守る」というゴールがあり、私が取り組んでいる課題でもあります。実際はお金を集めるのが目標ではなく、SDGsの認知度を高め、森林の保全についての認識を広げるためでした。私は、クラウドファンディングが一番いい広告宣伝ツールだと感じています。これによって、SDGsを事業戦略に取り入れる大手企業から、多くのバッジを購入いただきましたし、効果は絶大でした。

起業するにあたって失敗や苦労は?

もう失敗ばかりですね。最初は商品の値段設定が低すぎたせいで、「これじゃボランティアだ」といえるほど、利益がほとんど出ない結果に。事前に中小企業診断士から計算方法を教わったにもかかわらず、現実は全然違いました。専門家の意見をうのみにするのではなく、もう一度自分で考えてみることが大事ですね。

一番の失敗は、事務所と倉庫のために2つの物件を借りて、経費が相当かかってしまったこと。でもベテランの経営者から言わせれば「逆に借りたからよかったんだ」そう。支払いするものが大きかった分、是が非でもやらなきゃいけないという真剣な気持ちにつながるからで、もし自宅でスタートさせていたら、もう辞めているかもしれないと。しかも、借りていた事務所は普通の商店街内にあったので、オフィスの木質化を謳っているのに、中も外も森のイメージとは全然違う、なんていう声も多かったんです。

当然ながら、働いて貯めた自己資金もすぐに枯渇してしまって、銀行から資金を借りることにしました。助成金は制度自体が好きじゃないので申請も考えませんでした。助成金ありきの考えだと、自分の腹がすわらない。助成金制度は本来、成功したらあげるというやり方が良いんじゃないかなと私は考えています。

利益が出ないながらも、最初の1年間は「種まき業」だと割り切って、自分の構想実現のために動くことに専念していました。起業して2年経って軌道に乗り始め、投資はそろそろやめてその分の資金はサンプルづくりや開発に回したいと思い、今年4月に自宅のガレージを改装して引っ越しました。義父が大工なので改装には助かりましたが、しっかり請求もいただきました(笑)。思えば、私の祖父も製材業、父は林業、母の実家も林業に携わっていて、木に縁があるのかもしれませんね。でも、私が手がけているのは、木を育てたり切ったりする林業ではなく、木を流通させること。森の価値を有価に換えることなので、自分の仕事を「森業(もりぎょう)」と名付けてアピールしています。

これから起業する人へのアドバイスを。

やりたいという思いがあるなら、やってみたらいいんじゃないかと思いますね。失敗から何かを得るためにも起業はしてもいいのでは。ただ、計画はある程度必要です。頭の中でグルグル考えるのではなく、文字にして落とし込むことが大事。動く前に、事業計画書を作成してみるのがおすすめです。

それで埒が明かなくなったら誰かに相談すればいいんです。とにかく人に会うことです。私は同業者のことを勝手に「森の中の人間」と呼んでいます(笑)。そういう方たちとばかり会うと、林業や助成金、利益の話ばかりになりがちで、どうしても考えが狭くなってしまうので、なるべく全くかけ離れた業種の人と会うように心がけています。新しい発想を得られることも多いんです。

今後の展望は?

いつか山の一括管理をやりたいですね。山は結局のところ誰かが所有しているものだから勝手には木を切れないし、山の価値を管理することはできないんです。日本の山の現状と言えば手入れが行き届いておらず、負の遺産だと思っている人も多い。昔の人たちが大切にしてきた山の価値を再認識してもらいたいと私は願っています。そのために、一括管理した山から切り出した木材の販売やそれを商品化して生み出した利益を、山主に還せるようなシステムがいつか出来たらと考えています。ほかにも山のテーマパークとか樹木葬ができる森のお墓とか、やりたいことは山ほどありますが、まだまだ漠然としていて、構想づくりはこれからです。

海洋プラスチック汚染についてはよく報道され、目に見えやすい問題なので注目されますが、山の問題はなかなか学びにくい分野で伝わりにくい。日本のあちこちで土砂崩れが起こりやすくなっているのも、海のミネラルが減って魚にも影響を与えているのも、山を管理しないことが原因です。山の手入れ次第で、畑の収穫量が変わっていくのもデータとして証明されている。そんなふうに、山も川も海も自然環境は全てがつながっています。ただ、こういうことを懇々と語ったところで、ほとんどの人はあまりピンとこない。だから、デザインの力を活かした木のものづくりを通して、多くの人に興味を持ってもらい、ひいては山への意識が変わってくれたら。それが私の事業の大きな目的です。

そして、今後は異業種の人ともっといろんなチームを組んで活動していこうと思っています。起業する時は自分一人だけでも、周りの人たちとチームを組んでいくことで、充分にやっていけるんじゃないでしょうか。私は今、それをひしひしと実感しています。

編集:きど たまよ  撮影:黒川 博司