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2023.03/30 Report

起業家紹介_vol.18 川上功雄

「遊び」を、社会の中に根付かせたい

木のおもちゃのお店 りぷか / 川上功雄

1976年金沢市出身。県外の工学系の大学を卒業後、東京のメーカーに就職。自身での起業を志し2003年にUターン。2007年に「木のおもちゃのお店 りぷか」を開店。2014年に現在の店舗に移転。店舗・オンラインショップでは木製玩具を中心に、子供が主体的に遊び込めるおもちゃを販売。現在はおもちゃや幼児教育にまつわる講演やセミナー活動なども行なっている。

「気持ちよく働ける場」を求めて

大学では機械工学を学んでいました。将来は車関係のプロダクトデザインをやってみたいと思っていましたが、当時は就職氷河期真っ只中。インターネットも出始めたばかりで、電話帳ぐらいに分厚い紙の企業情報が何冊も、就職斡旋会社からドカッと郵送されてくるような時代でした。

僕がそんなに真面目な学生じゃなかったこともあり(笑)、希望する会社には入れず、消去法的に東京の建材系メーカーに入社します。そこでは新規事業部で発電パネルの図面などを描いていました。

「自分で起業したい」と思うようになったのは、入社から3−4年がたった頃だったと思います。「サラリーマン」という働き方が自分には合っていないというか、「これはちょっと生きづらいぞ」と。自分が納得いっていなかったり、不誠実だと思うことも、会社員である限りは従わないといけなかった。こういうことは長くは続けられないなと感じていたし、何より気持ちの良いものではありませんでした。
なので、「特定の何かをやりたくて」というよりも、僕はとにかく「起業」がしたかった。地元に帰りたいという想いもあったので「じゃあ金沢で起業しよう」と。最初は、飲食のお店をやるイメージがあったので、こちらに戻ってからは飲食のお店で働いたり、開業資金を貯めるために設計やウェブ関連の派遣の仕事をしたりもしていました。貸付の原資となる金額が貯まった時に「いざ起業だ」と。

おもちゃと過ごした、特別な時間

それまで漠然と、業態を「飲食」で考えていたけれど、よくよく考えると自分が「飲食」にこだわらなければいけない理由がそこまでないなと。その形以外で「自分で仕事を作っていく」ということを考えていた時に、「おもちゃ」のことをふと思い出したんです。

僕が小学生の頃、本多町(金沢市)にあった旧石川県立図書館に「おもちゃライブラリー」という場があって。子どもだけで行ってもよくて、近くに友達の姿が見えない日はよくそこに遊びに行っていました。そこには木製玩具を中心に、今では廃盤になってしまったような珍しいおもちゃなどもたくさんあって、目移りするほど楽しかった。図書館の地下という場所性もあり、僕にとって「ちょっと特別な場所」でした。
今でこそ、児童センターでもそのようなおもちゃをよく目にしますが、当時は本当にそこにしかなくて。これは後から知ったことですが、「東京おもちゃ美術館」などを運営する団体の当時の代表の方が、大学と実験的に行った活動の一貫として、たまたま旧石川県立図書館が選ばれたようです。
起業前は甥っ子姪っ子がまだ小さくて、彼らとよく遊んでいたのですが、彼らを見ていると、あんまりおもちゃを大切にしてないし、全然遊び込んでいない。おもちゃを買ってもらっても、箱を開けたらすぐに飽きて見向きもしなくなるというか。そういう光景を見ていて「なんか寂しいな」って思ったんですね。「自分らの時って、もっと楽しかったけどな」って。そして、自分が幼少期に過ごしたおもちゃとの時間を思い出して。

きっと彼らは「遊びこむ楽しみ」をまだ知らない。「だったら、遊び込まないと楽しくないおもちゃがあっても良いよね」ってふと思ったんです。周りを見渡しても当時金沢にはそんなお店はなかったし、じゃぁ自分でやってみようと。そして、2007年に「りぷか」をオープンします。

「儲けたいなら、やめた方がいい」

ほぼ業界知識ゼロで、金沢の郊外にいきなり新ジャンルのお店を開く。かなり無謀というか「何考えているんだ」って今なら思うんですけど(笑)。だからこそできた、というところもあるのかな。

ただ、融資を受けるための事業計画書を作るときは、素人なりに色々と分析しました。この辺りの新興住宅地には若い世帯がどのくらいあって…とか、人口統計なども全部調べて。企画書は夢だけ描いても、人は「へー」ってなるだけだから、やっぱり理屈がないといけないなと。もちろん起業する上で想いは大事だけれど、想いだけでは人は動いてくれませんから。
それにせっかく起業するなら、始めるだけでなくてそこに「継続性」がないといけない。事業計画書を作るのということは、僕にとってはそういったことに思いを巡らせる時間だったのかもしれません。
起業に際して、おもちゃ業界の取引先に「儲けたくて店をやるなら、やめた方がいい」と言われました。なぜなら、そんなに儲かる業態ではないから。けれど「儲からない代わりに、不景気になってもそんなに下がらない。起伏が少ない業界だよ」とも、同時に教えていただいて。

実際、これまでの店の売り上げを見ても「右肩上がり」と言うには語弊があるけれど(笑)、下がってはいない。年々微増を続けています。そういう意味では、「やりたい気持ちがあって、真面目にやってさえいれば、続けていくことはできる」という心構えは最初から持てていたのかもしれません。

ネットショッピング時代の、「おもちゃ屋」の存在意義

おもちゃ屋って、外から見たらどれも大差ないように見えるかもしれないんですけど、僕からしたらものすごく多様性がある世界。例えば、一口に「洋服屋」と言っても、店によって好みも考え方も違うように、「おもちゃ」という特定のジャンルを扱っていても、店によって全然違うんです。
セレクトも違えば、同じおもちゃを扱っていたとしても、説明の仕方が全然違ったりもする。伝統木工芸品に造詣が深かったり、絵本とのコラボレーションなどそれぞれに個性的で、刺激があるし学びもある。マニアックだけれど、とても面白い業界だと僕は思っています。
僕自身が店作りで大切にしていることは、「遊んでいる風景が思い浮かぶかどうか」、そして「なるべく実際に遊べるようにする」ことでしょうか。
おもちゃって、「触ってみてなんぼ」というか。子どもがどんな反応を示すか、どのおもちゃにハマるかは、実際に触ったり実物を前にしないとわからないことが多いです。いくら大人がよかれと思っても、子どもが「それで遊びたい」と思えなければ意味がない。また、遊び方の展開などを提案できるのも対面できるお店ならではです。そう言う意味では、ネットでなんでも買える時代に、店舗として「おもちゃ屋」が存在する意義はあるのかなと思っています。

もちろん、同時にギフトとして選ばれる大切なおもちゃを扱う場でもあるので「ここは触らないでね」という場所は、子ども達にも自然と伝わるような仕組としてディスプレイを構成しています。

「人と共感・共有した楽しさ」は何にも勝るから

この仕事をしていると、遊びに関する様々なお悩みも耳にします。例えば「子どもがYoutubeばっかり見て困る」といったお話。理屈だけで言えば、その子は他のものよりも「楽しい」と感じているからそれを選んでいるわけで、単純に答えるなら「Youtubeより楽しいことをすればいい」ということになるのです。

けれど同時に、今の子どもたちは「一方的に提供される」ということに慣れてしまって、「自分で見つける楽しさ」を知らないという面もある。そういう子に素朴な「おもちゃ」という道具だけをただ提供しても、正直難しい場合もあると思います。そういう時はお母さんお父さんや友達・兄弟と「一緒に遊ぶ」という体験がとても重要になってきます。「人と楽しさを共感・共有する」ということは、ただ動画を見ているよりも絶対楽しいはずで。そういった「共感・共有した楽しさ」があると、子どもは自然とそれを反芻します。だからこそ、きっかけとしての「体験」があるかが、とても大切だと思っています。

「狙い」ではなく、「願い」

また「 “良いおもちゃ” で遊ばせないといけない」という考えに囚われすぎてしまっているケースもあるように思います。例えば、この木製のシンプルな積み木をケーキに見立てるのは「創造性があって良い遊び」で、「再現性の高いプラスチックのケーキのおもちゃはダメ」といった議論があったりします。けれど、ここにおいて大事なのは「その子がケーキ屋さんになりきって遊べているか」ということであって、「その子が遊べているならどちらでも良い」と僕は思うんです。
もちろん「遊びの中で感じて欲しいこと」として、「ないものを、想像力で見立てる」とか「解決策を自分で見つける」ということがあったりもします。けれど、そちらを優先するがあまりに「“良いおもちゃ”じゃないから、“良いケーキ屋さんごっこ”じゃない!」というのは、論点がズレてしまっていますよね。
「狙い」というとちょっといやらしいけど、子どもにどんなふうに育って欲しいかという「願い」はどの親御さんにもあると思います。道具にこだわるあまりに「何が大切か」ということを、見失ってはいけないなと。

「おもちゃ」は、あくまで「道具」だから

ここ数年は、保育や子育ての現場から「どんなおもちゃを与えたらいいか」「子ども達と遊びを介してどんな関わりをしたらいいか」といったご相談をいただくことも多く、「おもちゃ」という視点からの知識や道具の提供をさせていただく機会も増えてきました。僕自身、今後はそちらの展開にもっと力を入れて取り組んでいきたいと考えています。

これまでは「お客さんに、自分で直接おもちゃの魅力を伝えたい」という想いが強いがあまり、自分が店に常駐しないといけない状況を作り上げてしまっていた部分もあったので、そこは僕自身一つ脱皮しないといけないところだなと。

おもちゃというのは、あくまで「遊び」の「道具」です。「遊び」というと、「子どもの遊びじゃないんだ」など社会ではネガティヴワードになっている部分もあります。けれど、「遊び」というものは、子どもの心を育む上で、かけがえのない体験です。だからこそ「遊び」というものをもっと社会の中に根付かせる活動を続けて、ポジティブなものとして捉えられるようになるといいなと。何より、自分自身が楽しみながら続けていきたいと思っています。


(取材:2023年3月/編集:柳田和佳奈)

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